教会月報 巻頭言

2015年9月​​​​​​

七つの悲しみの聖母マリア

ペトロ 梅原 彰 神父

 9月15日は悲しみの聖母マリアの祝日です。
ピオ7世は、自分がナポレオンによって追放され、その後、逮捕されたとき、最後に聖母マリアの取次ぎによって解放されたということを記念するために、1817年、悲しみの聖母を全教会の祝日に定められました。
多くの画家が、剣(つるぎ)で心臓を刺された聖母マリアの絵を描いており、見た方もあると思います。

 第一の悲しみは、聖母マリアが幼子イエスを神殿に捧げに行った時、シメオンという老人に出会います。
多くの赤ん坊が神殿に初詣のように来ていたにもかかわらず、シメオンは聖霊に導かれて、イエスをメシア(救い主)であると認めたのです。
シメオンは長い間待っていたメシアを抱き、感謝と賛美のうちに「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕(しもべ)を去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と言っています。
この祈りは、司祭や修道者が毎晩寝る前に唱える祈りです。
夜寝ることは復活への希望のしるしです。
私たちはいつか死の眠りに入るわけですが、それは復活へ至るための門なのです。
私たちも、このシメオンのような希望をもって一生を全うすることができれば幸いです。
彼は「この子は逆らいのしるしとして立つ人です。あなたの心も剣で貫かれるでしょう」と言います。
この〈逆らい〉は、イエスが色々な人から反対され、拒否されるようになるという意味です。
その言葉を聞いた時、聖母マリアはどのようにお感じになったことでしょう。
シメオンはマリアがその生涯、多くの誤解に遭い、多くの苦しみを忍ばねばならないことを予告したのです。

 第二の悲しみは、ヘロデ王がベトレヘムとその附近一帯の2歳以下の男の子を殺すことを命じたとき、マリアはヨセフと共にエジプトに避難し、難民として数年間、苦しい生活を余儀なくされたのです。

 第三の悲しみは、イエスが12歳の時、過越祭にエルサレムに行かれ、3日間イエスが行方不明になられ、ヨセフと共に捜さねばならないという悲しみがありました。

 そして、受難の苦しみと悲しみ。
十字架の道行の中で示された4つの場面です。
聖母マリアが、わが子イエスが十字架を担っている痛ましい姿に出会ったときの苦しみと悲しみ。
イエスの十字架の前で、血がしたたり、イエスの苦しみと悶えを見つめなければならない苦しみと悲しみ。
十字架から降ろされた傷ついたイエスのお体を抱いた時の苦しみ(ピエタ)。
最後にイエスを埋葬した寂しさからの悲しみと苦しみです。
このような苦しみを味わわれた聖母マリアは、シメオンの言葉を思い出されたことでしょう。
イエスが十字架を通って栄光に入ることを悟られたことでしょう。

 私たちも、自分に与えられた十字架を、信仰と愛によって自分の救いと人々の救いのために捧げ、聖母マリアのように、イエスの苦しみに与れますよう祈りましょう。