2026年2月                

    ― 奉献から回心へ、
      あらたな歩みの恵み ―
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                                             ダニエル 李 昇倫 神父

 

 2月は、信仰の流れをはっきりと感じさせてくれる月です。

 この月のはじめに、私たちは主の奉献の祝日を迎えます。幼子イエスを腕に抱いたシメオンとアンナのように、教会はキリストを「世の光」と告白し、私たち自身の歩みをあらためて主に奉献します。この奉献は、何かを付け加えてささげることではなく、すでに主のものであることを思い起こす信仰の告白です。

 続いて迎える灰の水曜日は、私たちをさらに深いところへと導きます。

「あなたはちりであり、ちりに帰ることを覚えなさい」という言葉は、私たちを恐れさせるためではなく、むしろ真実へと立ち返らせる招きです。灰の水曜日は、私たちが限りある存在であり、神のいつくしみなしには生きることができないことを認める場でもあります。灰は終わりではなく、あらたに歩み始めるためのしるしです。

 灰の水曜日とともに、四旬節が始まります。四旬節は、無理に何かを我慢する時ではなく、不要なものを手放し、本質へと立ち返る旅路です。主の奉献の祝日に「主に属する人生」を思い起こした私たちは、四旬節を通して、その生き方を日々の生活の中で具体的に生きるよう招かれています。

 この2月、私たちは奉献から出発し、回心を経て、四旬節の道へと歩みを進めます。

 主は私たちに完全さを求めておられるのではなく、正直な心と、立ち帰ろうとする勇気を望んでおられます。小さな決意ひとつ、静かな祈りのひととき、誰かに向けた温かなまなざしが、四旬節の始まりとなるでしょう。

 主にあらためて奉献された私たちの歩みが、この四旬節を通して、いっそう光を放つものとなりますように。

 2月は、そのようにして、神のうちにあらたに始まる月なのです。

教会月報 巻頭言