例会報告(第27回)

開催日:2012年5月27日
報告対象:設問244-246
報告者:名村良平
 

今日は、244.典礼を挙行する場所、245聖堂とは何かを中心に議論が進む。
244では、「場所に関して、キリスト自身(復活したキリストのからだ)が霊的神殿であるから、礼拝は特定の場所に限定されない。しかしながら、神の民は共同体が典礼を行うために集まることのできる場所を必要としている」と。

  • ヨハネ福音書2・「・・三日で建て直すと・・イエスはご自分のからだという神殿について話しておられた。」

  • マルコ福音書15・37〜39「・・息を引き取られた。その時、聖所の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」は、地上での神殿の崩壊を示している。

  • ユダヤ教やイスラム教が聖地や神殿にこだわるのとは対照的である。

  • イエスの死後使徒たちが宣教にあたったころ、紀元33〜70はユダヤ教の影響力が高く、70以降エルサレムは破壊しつくされ、イスラエルがローマの完全支配下にあった。キリスト教の教義が確立していくこの時代、歴史的な背景を考察するのも参考になるのでは・・。

245では「聖堂とは神の家、即ちその場所で生きている教会の象徴であり、天上の神の住まいの象徴である。聖堂はまた祈りの場所であり、教会はそこで特に感謝の祭儀を挙行し、聖櫃の中に真に現存されるキリストを礼拝します」と。
勉強会のメンバーは信徒歴の長短、年齢差もあり様々な意見が出て有意義である。特に第2バチカン公会議以降典礼の刷新が顕著であり、刷新を巡る質疑が活発になされた。

  • 公会議以降建てられた聖堂では、聖体は主聖堂でなく小聖堂などに安置されている。これは信徒の集会場所的意味合いが強くなりすぎているのでは?昔は「聖体訪問」として教会に行きお祈りをしていた。

  • 聖体祭儀に際して、主のいけにえの祭壇であるとともに主の食卓を囲む意味もあることを認識しておくこと。

  • 典礼が大きく変わった点で@ラテン語ミサから各国語使用ミサへA対面式ミサなどがある。@について全世界の信徒の祈り、感謝、礼拝は共通言語としてラテン語使用ミサがあってもいいのでは・・A日本でいつから対面ミサになったのか、カトリック中央協議会に問い合わせてもはっきりした答えが返ってこないとのこと。記念誌編集にあたって、河野さんが充実した史実を調べておられ、1968年にミサの形態が変わり、69年に国語化が実施されたとのこと。
    刷新がみんなと一緒にささげるミサ、分かりやすいミサを目指すためのものであるが、過去の良さも維持しつつ時代に合った対応は必要だと感じた。

また、小教区からみた典礼の歴史の情報化や、資料収集能力の高さを、信徒のカテキズムを通して実感しているので、教区内でも歴史のある当教会で資料室を活用し多くの方に見ていただければ、宣教の一助になるのではと確信している。